平成18年(2006年)10月「桜まつり流し踊り20年を振り返って」 掲載
二瓶 晃一 (執筆当時44歳)
日本一の歌ができました
「小町温泉小唄」誕生ものがたり -丘先生からの手紙―
平成18(2006)年10月発行 「桜まつり流し踊り 20年を振り返って」に掲載
二瓶 晃一 (小野町観光協会副会長 当時44歳)
ながし踊りは今年で20周年を迎えた。
と同時に、踊りの曲のひとつである「小町温泉小唄」は今年で50周年を迎えた。
半世紀の時が過ぎ、その誕生のいきさつを知る人も少なくなっていると思うが、私の父が残した「丘先生からの手紙」からその当時の様子が活き活きと伝わってくる。
今回、桜まつり流し踊りの番外編として、それらを一部紹介したいと思う。
昭和31年(1956年)、「小町温泉小唄」を制作したいという企画が持ち上がった。私の父が幼少のころの想い出をたよりに、丘灯至夫先生に打診したところ(しかもあろう事か、作曲は古関裕而先生にお願いしたいと言ったみたいである)作詞・作曲料あわせて、勉強しても10万円以上かかると言われ、軽くお手上げ状態になり、同時に丘先生からは「どうせお金を工面するならば、遊園地でもつくる計画にしたらどうか」というアドバイスをいただいた。
その時、私の父は「遊園地よりも唄が欲しい」と再度お願いしたところ、丘先生は作詞を無料で、作曲を4万円で頼んであげると引き受けて下さった。当時の小町温泉の宿泊料が二食付で350円ぐらいの時代であった。
<丘先生の手紙>------------------------------------------------------------------------------------------------
お手紙拝見いたしました。
並々ならぬお骨折りでさぞたいへんなことと拝察いたします。
作詞は無料奉仕しても作曲はどうしても4万円くらいはかかります。
(この場合は前金でたのまねばなりません)
ですから、4万円位都合がつくのでしたら 私の作詞で作曲は古関さんがムリなときは長津義司氏(テイチックの作曲家で「十三夜」の作曲をした先生)に頼んでもよいと思います。
長津先生なら承知してくれると思いますが4万円お送り頂けるかどうかご考慮下さい。
歌手をつれてゆくのは なかなかたいへんなことなので 出来れば郡山放送局あたりに依頼して専属の歌手でも依頼されてはいかがでしょう
こちらからは 一人位 本職を連れてゆくことにして…。
とにかく右至急ご返事ください。
とりいそぎ
4月6日朝 丘十四夫(丘先生の当時のペンネーム 以下同じ)
<丘先生の手紙>------------------------------------------------------------------------------------------------
電報とお葉書いただきました。
予算超過でお気の毒ですが、東京ではたいへんな勉強なのであしからず願います。
私は遊園地でもあったほうがと考えたのですが、唄もあればそれに越したことはないでしょう。それで、詞と曲はいつまでにそちらに届けばよろしいのでしょうか。ご返事ください。又、詞が出来ると作曲家に依頼することになるわけですが、出来ればそれまでに金をお送り頂ければ話し易いので集まるようでしたらよろしく。
とりいそぎ、右まで。
4月9日 丘十四夫
<丘先生の手紙>------------------------------------------------------------------------------------------------
作曲料 正にお預かりいたしました。
別紙の通り領収証 同封いたしました。
作曲家の件は(昨夜電話で長津義司氏と申し上げましたが)やはり古関裕而氏がいちばん良いので、病気の模様を打診したところ 去る六日に退院、大分快方にむいているというので、小町温泉音頭の件、内諾を得ておきました。
古関先生なら申し分なく、いまでは日本一流の作曲家になっておられるので引き受けてくださるということは大いに喜んで頂いてよいと思います。
但し 発表会の日 そちらへ伺うことは出来ませんからお含みおき願います。
たいへん安い作曲料なので(古関先生は一曲10万円の組です)
(中略)これも一緒にお含みおき下さい。
詩は15・6日ごろにはなんとかとりまとめたいと思っています。
(タダだからといってつまらないものをつくってすますというわけにはいきませんのでネ)
15・6日ごろに詩が出来れば作曲は23・4ごろにはまとまると思います。
唄手はどうも私の顔を立てて出かけてゆくという者があってもタダでつれてゆくというわけにはゆかず(中略)やはりそちらで都合をされたほうが良いと思います。
伴奏はなんとかそちらで纏(まと)まるのでしょうか。
いずれにしても とにかく唄はちゃんと出来て発表会に間に合うようにいたします。
みなさまにくれぐれもよろしく。
ながいこと風邪をひいて閉口しました。
今日あたり大分よくなりましたが…
4月12日 丘十四夫
唄の題名は「小町温泉音頭」でよろしいのでしょうか
ご一報願います。
---------------------------------------------------------------------------------<丘先生の手紙 ここまで>
この手紙を受け、4月13日深更と日付の入った私の父の返信の下書きは
「何もかも御懇切なる御奉仕に組合一同感激いたして居ります。まことにありがとうございます。」の書き出しで始まり、古関先生に作曲を依頼できることは望外の喜びであること、予算をどこか削って謝礼を捻出するので、何とか先生の顔で歌手の人を頼めないかということ、伴奏の件は門沢の七郵(郷)バンドを依頼すること、こちらのねらいは小町にふさわしい情緒ある唄だったので、できれば小唄でお願いしたいが(例えば西條先生の「飯坂小唄」「湯女小唄」などのような)それらは丘先生に一任することなどが書き綴られている。
そして、多くの人たちの熱意がそうさせたのか、奇蹟に近いスピードで歌がつくられていく。
<丘先生の手紙>------------------------------------------------------------------------------------------------
前略 小町温泉小唄はようやく詩を 西條八十先生と私と相談の上出来上がり 古関先生にまわしました。
25・6日ごりには出来あがるでしょう。
歌手には特にN・H・K専属の荒井恵子さんを依頼、承諾してもらいました。
謝礼及び汽車賃二人分(汽車賃だけ)を至急お手配ください。
4月21日朝 速達 丘十四夫
<丘先生の手紙>------------------------------------------------------------------------------------------------
本日朝 詩・曲お送りしました。
なお往復汽車賃確かに入手いたしましたから予定通り手配させます。
当日 私あてに記念品をくださるとのこと恐縮いたします。
私が参上出来ません折は 小唄発表会の席上で 女房あてにお渡し頂ければ幸いに存じます。
みなさまにくれぐれもよろしく。
4月25日朝 速達 丘十四夫
<丘先生の手紙>------------------------------------------------------------------------------------------------
歌詞 作曲ともにできあがりました。
一か月ぐらいの期間で 発表会にまで間にあわせ しかも東京からの歌手を呼ぶなどということは奇蹟に近いことで、特に古関裕而 氏の得難い作曲を得たことは日本中に誇ってもよい歌でしょう。
私も自慢出来ますが あなたもよろこんでくださってよろしい 大いにご宣伝ください。
組合の方々にも この歌は こんなにた易く出来ると思ったら大間違いで 東京でもなかなか出来る歌ではないと仰有ってください。(中略)
さて、発表会にそちらへ伺うNHK専属の荒井恵子さんは 九州の公演が済むとすぐに釜石の公演に出かけるという忙しい身体を とくに私の顔をたてて小野町に寄ってくださるということになったおのですから ほとんど時間の余悠がありません。
(中略)
とにかく待遇はぜひよくしてあげてください。
立派な歌が とにかく出来て 私もたいへん嬉しいです。
みなさまにくれぐれもよろしく仰有ってください。
追伸
舞台で歌うときのマイクロホン 是非よいものを設備しておいてください。
(中略)
とりいそぎ 丘十四夫
<丘先生の手紙>------------------------------------------------------------------------------------------------
昭和31年4月28日。こうして出来上がった「小町温泉小唄」は、当時の谷津作青年団のみなさんがつくったトラックの荷台をつなげたステージの上で、ほとんどぶっつけ本番のななごうバンドの演奏のもと、当時の売れっ子NHK専属歌手であった荒井恵子さんの歌声によって披露された。
畑の真ん中につくられた特設ステージに「生まれて初めてこのような場所で歌った」と荒井さんは笑ったという逸話ものこっている。それから50年、ちょうど半世紀を経た平成18年(2006年)4月29日。今年もまた町の多くの女性がこの唄にあわせて踊るさまをみながらこの長い年月の間、この唄に想いをいだき唄を継ぎ、情熱をささげてきてくれたすべての人たちに感謝するとともに、歴史を繋いでいく「重み」というものをあらためて実感したのだった。
(了)
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