思い出割引


平成9年(1997年)1月1日 年賀状

二瓶 晃一 (執筆当時34歳)

  想出割引

                                           

 私が家業の温泉旅館を継いでからもう18年目になる。「旅館の仕事って本当に大変だよね」小さな商売で何でもかんでも自分でやっていると、変に人から同情されたりするが、実際に旅館と言う商売は大変だ。もちろん、私自信が部屋まわりをする事も多々ある。          昨年の秋の事。食事がお済みになったとの連絡をうけてお部屋に伺うと、お客様から白黒の写真を3枚手渡された。「実は私、二十八年前に泊まった事があるんですよ。」写真はその時部屋で撮ったものらしい。「どこのお部屋だったからしらね…」 バスやトイレなどがついて部屋は少しづつ変わってはいるが、自然木を使用した床の間など基本的な部屋のつくりは変えていないので、早速、見覚えのあるその部屋に案内し、そこでその写真と同じ格好で記念写真を撮る事になった。                        

 「当時、女性週刊誌に三千円旅行と言う記事が載っていて、女性2人連れで来たんです。

夜遅い列車で来て、駅まで女中さんに迎えに来てもらって荷物を持ってもらいました。二泊して入水鍾乳洞と夏井川渓谷で遊んで帰ったんです。娘が福島の旅行雑誌を買ってきてあれ?と思ったんですけど、昔の事だったので半信半疑だったし…やっぱりここだったんですね。」 私は何かとても嬉しくなった。

 そして、以前に宿泊されたお客様の為の「想出割引」なるものを始める事にした。      小さな宿には、大きな想いがつまっている。私の記憶を超えたところにある、こんな「つながり」に出会う時、私の心に心地好い風がよぎる。そしてそれが、私がこの商売を「あきない」理由である。